静岡成人式2012ポスターの意味

2011年も残りわずか。みなさま年末に向けて忙しい時間を過ごされていることと思います。

成人式も約一カ月後に迫ってきているということで、新年一発目にふさわしい成人式を実現するために実行委員会もあわただしく動いています。

そして先日、2012年静岡成人式のために作ったポスターが静岡市内に貼り出されました。街で目にされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

既にご覧になった方々は、2012年静岡成人式のポスターに対してどのような印象をお持ちになりましたか?

さまざまなご意見、ご感想があるかと思いますが、「成人式っぽくない」や「何が言いたいのかよくわからない」などといった感覚を抱かれた方が多いかと思います。

そこで、ここでは未熟ながら一生懸命作らせていただいた2012年静岡成人式のポスターにどのような意図が込もっているのか、拙文ながら述べさせていただきます。よろしくお願いします。

 

私たちがポスターを制作するにあたって考えたのは、「ポスターが成人式においてどのような役割を果たすべきか」ということです。

現状を考えると、静岡成人式は「友人との再会の場」であったり、「晴れ着を着るためのイベント」であるというようなイメージが静岡の人々の間に強くあると思います。さらにそれが知らず知らずのうちに固定化しているように思われます。

たしかに、成人式にそのような「再会の場」や「儀式的なイベント」といった側面はあると思います。しかしそれが成人式を行う一番大切な意義でしょうか。成人式というイベントのもっと重要な「芯」の部分は別のところにあるのではないでしょうか。

そのような、成人式に対する凝り固まってしまったイメージに風穴をあけることはできないか、成人式の定義を問い直すことはできないだろうか、と私たちは考え、それをポスターの重要な役割とすることにしました。

そして実際にポスターを作るにあたってとった方法が「考える材料を提示する」あるいは「違和感を残す」というものです。

 

メッセージを簡潔に伝え、見る人に理解してもらうことは、広告においてとても重要なことです。しかし、メッセージが完全に理解されてしまったら、コミュニケーションはそこで止まってしまいます。私たちは成人式におけるコミュニケーションをそのような一方通行なものにしたくありませんでした。

私たちが成人式のポスターを通して目標とするコミュニケーションの形は、「見た人がそれによって成人式に関心を持ち、さらに、成人式や成人式に関わることを改めて考え直すきっかけとなること」です。

今回制作したポスターは、見る人々に「成人」「大人」「社会」など、既に世の中にイメージの定着している言葉について改めて考え、その背景にはいったい何が潜んでいるのか、そして自分はそこから何を見出すべきなのかということを注意深く考えるきっかけとなる材料を提示しています。

一見シュールで冗談のように見えるこのポスターから、何が読み取れるでしょうか。

「×」で結ばれた「銅像」と「青年」はそれぞれ何を象徴しているでしょうか。

銅像と青年の顔の向きや表情が重なるのにはどんな意味があるでしょうか。

青年の口からこぼれている「あれ?この人こんな顔だっけ?」という言葉からどのようなストーリーが想像できるでしょうか。

それらビジュアル的な特徴を「成人式」と関連づけると、どんなメッセージが見いだせるでしょうか。

いろいろ考えてみてください。

そして、自分にとって「成人式」とはいったいなんなのか、思いをめぐらせてみてください。

もちろんポスターを見て抱くイメージ、受け取るメッセージは人それぞれだと思いますし、それによって成人式に対して抱く思いも一人ひとり違います。それが自然な事だと思います。

そういった「成人式をあらためて考え直す」という、成人式に対する姿勢や意識のありかたをデザインする事が、このポスターを作った意図です。

是非そのことを意識したうえで、2012年静岡成人式のポスターを見ていただけたらと思います。

 

また、このサイトにいらっしゃったついでに、2012静岡成人式のメイン企画のひとつである、「ブログ」を是非ご覧になっていってください。新成人の思いや目標、日々の活動は読む人にとって必ずなにかの刺激になると思います。

 

長々と失礼しました。成人式に関わっていただいている方々、ポスター制作に協力してくださった方々、この文章を最後まで読んで下さった方々に心から感謝申し上げます。

本当にありがとうございました。